大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)340号 判決 1981年10月28日

控訴人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 石坂俊雄

同 村田正人

同 中村亀雄

同 赤塚宋一

同 松葉謙三

同 川嶋冨士雄

被控訴人 三重県

右代表者知事 田川亮三

右訴訟代理人弁護士 吉住慶之助

右指定代理人 南文生

<ほか三名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠関係は次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

(一)  原判決四枚目表四行目の「(一)」を「(二)」と訂正する。

(二)  同四枚目表七行目の次に行を改め、「仮に右主張が理由がないとしても、控訴人は、公安委員会指定医野村純一が左記(一)(2)記載のとおり過失により控訴人を精神薄弱者と誤信したことにより、本件免許取消処分を受けたものであるから、被控訴人は前同様、右損害を賠償する責任がある。」を加える。

(三)  同四枚目裏一行目の「あり」を「ある」と訂正し、同六行目の「、」を「。」と訂正し、「その」から同七行目までを削除する。

(四)  同六枚目裏一〇行目の次に行を改め、『また、仮に野村医師の精神薄弱者概念のとらえ方について過失がなかったとしても、同医師は当時、控訴人を「精神薄弱者とはいえず、境界領域にあって、医学上明らかに運転が適当でないという障害がない」と診断していたのであるから、運転適性精密検査書に、そのように記載すべきであるのに、「軽症魯鈍級の精神薄弱と考えられるが、絶対的に運転が不適当という程のものではない」と記載したため、控訴人は本件免許取消処分を受けるに至った。したがって野村医師はこの点においても過失がある。』を加える。

(五)  同裏一一行目から同七枚目表二行目までを削除する。

(六)  同七枚目表八行目の「精神発育の程度」を「精神発育の遅滞の程度」と、同一〇行目の「社会適応性」を「社会的適応性」とそれぞれ訂正する。

(七)  同一五枚目裏一行目の「訊し」を「質し」と訂正する。

(八)  同二三枚目裏二行目の「点は」を「こと、野村医師が運転適性精密検査書に控訴人主張のとおり記載したことは」と訂正し、同裏三行目から同二四枚目裏三行目の「また、」までを削除する。

(九)  同二五枚目裏一〇行目の「のいう」を「回答書(甲第一二号証の二)によれば、」と訂正し、同二六枚目表二行目の「等」を削除し、同表八行目の次に行を改め、「控訴人は知能が極めて劣っており、このことに過去の交通事故や道路交通法上の違反歴を併せ考えると、危険な運転者であることが明らかである。」を加える。

(一〇)  《証拠関係省略》

理由

一  当裁判所は当審における証拠調の結果を参酌しても控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであると判断する。その理由は左記(一)ないし(三)のとおり訂正し、(四)のとおり付加するほか原判決の理由と同一であるからこれをここに引用する。

(一)  原判決四三枚目裏八行目を「野村医師も当時精神薄弱とは知能の発達が持続的に遅滞或いは低下している状態をいうものと解し、この見地から控訴人を精神薄弱者と診断した。」と訂正する。

(二)  同四三枚目裏一一行目から同四五枚目裏八行目までを削除し、同裏九行目の「2」を「1」と、同四七枚目表一行目の「3」を「2」と、同四九枚目裏三行目の「4」を「3」と、同五〇枚目表一行目の「5」を「4」と、同表六行目の「四」を「五」とそれぞれ訂正する。

(三)  同四八枚目表二行目から同四九枚目裏二行目までを『控訴人は、右検査書に「質問に良く答え、別に病的体験もないが、知的作業をやらせるとかなり不良である。簡単な書字、読字も困難であり、24×2位の簡単な計算も困難である。簡単な交通標識等は大体理解している。中学校を卒業しているが成績は不良であったという。軽症魯鈍級の精神薄弱と考えられるが、絶対的に運転が不適当という程のものではない」と記載されていたから、公安委員会は野村医師が控訴人を精神薄弱者であると診断したものと即断することなく同医師に対し更に詳細にその見解を問い質すべきであったし、また控訴人の生育歴、職歴、運転歴を調査し脳波検査、知能検査等をすべき義務がある旨主張する。しかし、野村医師が控訴人を軽症魯鈍級の精神薄弱と診断していることは右検査書の記載自体によって明らかであるから、公安委員会がそのように考えたことに何ら誤りはなく、公安委員会において野村医師の見解を問い質したり控訴人主張のような調査や検査をすべき義務はないものというべきである。』と訂正する。

(四)  同五〇枚目表五行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「四 次に野村医師が国家賠償法にいう公務員に該るか否か及び同医師の過失の有無について判断する。

1  国家賠償法一条所定の公務員とは国家公務員法等により公務員としての身分を与えられた者に限らず、およそ公務を委託されてこれに従事する一切の者を指すと解するのが相当である。そして、道路交通法一〇四条四項の規定に基づき公安委員会により指定された医師(いわゆる指定医)は、公安委員会が同法一〇三条所定の運転免許取消処分をなすにあたり、免許を有する者が同法八八条一項二号ないし四号のいずれかに該当するか否かについて医学的診断をなすことを職責とするものであるから、国家賠償法一条所定の公務員に該当するものと解すべきであって、右の指定医である野村医師は右の意味における公務員であるといわねばならない。

2  控訴人は先ず、野村医師が控訴人の知的能力のみを重視し社会的適応能力を看過して控訴人を精神薄弱者と診断した点に過失がある旨主張する。野村医師が当時精神薄弱とは知能の発達が持続的に遅滞或いは低下している状態をいうものと解し、この見地から控訴人を精神薄弱者と診断したことは前示のとおりである。ところで当時、精神医学上の精神薄弱の概念については、これを知能指数(IQ)のみによって定義するものや知的能力及び社会適応能力の双方によって定義するものなど種々の学説があったことは前示のとおりであって、知的能力のみに基づいて右の概念を定義することを全くの誤りであるとすべき根拠はない。したがって、野村医師がこの立場において控訴人を精神薄弱者と診断したことをもって過失があるということはできない。

次に控訴人は、野村医師が控訴人を診断するにあたり脳波検査、知能検査をしなかった点に過失がある旨主張する。《証拠省略》によれば、野村医師は運転適性検査等を実施した山岡晃から前後二回にわたる運転適性検査の結果や観察要目による観察結果の説明を受け、さらに控訴人が「うめ」と称して描画したバウム・テスト用紙の提供を受け、これらを参考として控訴人を問診し、また控訴人に簡単な書字、読字、計算を行わせ、これらを総合して控訴人の知的能力を判断し控訴人を精神薄弱者と診断したものであって、控訴人主張の脳波検査等は行わなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで指定医のとるべき診断の方法については法令上何の定めもなく、また、精神科医が精神薄弱者の診断をするにあたり脳波検査或いはいわゆる知能検査を行うことが当時の医学上必須とされていたものとも認められないから、野村医師が右の各検査を行わないで、前示の方法により控訴人を精神薄弱者と診断したことをもって同医師の過失であるということはできない。

更に控訴人は、野村医師の作成した運転適性精密検査書の「軽症魯鈍級の精神薄弱と考えられるが絶対的に運転が不適当という程のものではない」旨の記載は同医師の当時の診断内容と異る旨主張する。しかし《証拠省略》によれば当時の同医師の診断は右検査書記載のとおりのものであったことが認められるから、控訴人のこの点に関する主張も理由がない。」

二  よって原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秦不二雄 裁判官 三浦伊佐雄 喜多村治雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例